クリニックの防災マニュアルの作り方|診療所のBCPとの違い、地震・停電・水害の初動、待合室の避難誘導と役割分担表・備蓄品・訓練
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診療中に大きな揺れが来たら、だれが診療室の患者さんに声をかけ、だれが待合室の親子を誘導し、だれが電源や薬品を確認するのか。すぐに答えられない場合は、クリニックの防災マニュアルを見直すよい機会です。外来中心の診療所は、スタッフの人数が限られるうえ、待合室には高齢の方や小さな子ども連れの保護者もいます。この記事では、防災マニュアルと診療所のBCP(事業継続計画)の違いを整理したうえで、地震・停電・水害の初動、待合室の避難誘導、役割分担表、備蓄品リスト、避難訓練のやり方、見直しの手順までを、院長・事務長の方が明日から使える形でまとめました。
クリニックの防災マニュアルと診療所のBCPの違い
「防災マニュアル」と「BCP」は似た言葉として使われがちですが、目的と時間の範囲が違います。どちらか一方だけをつくると、発災直後は動けても再開の段取りがない、あるいは再開の計画はあるのにその場で患者さんを守る手順がない、という状態になりやすくなります。
目的と時間の範囲で分けて考える
| 項目 | 防災マニュアル | BCP(事業継続計画) |
|---|---|---|
| 主な目的 | その場にいる患者さんとスタッフの命と安全を守る | 診療をできるだけ早く再開し、地域の患者さんへの医療を続ける |
| 時間の範囲 | 発災の瞬間から避難・安全確認・帰宅まで | 発災後の数日〜数か月。休診、縮小診療、再開まで |
| 主な中身 | 初動の手順、避難誘導、役割分担、連絡、備蓄 | 優先して続ける業務、必要な資源(人・電気・水・薬剤・データ)、代替手段、取引先や関係機関との連絡 |
| 使う人 | 当日勤務しているスタッフ全員 | 院長・事務長を中心とした判断者 |
| 置き場所 | 受付・診療室など、すぐ手に取れる場所に短い版を掲示 | 院長室やクラウド上など、院外からも確認できる場所 |
外来クリニックの場合、まず防災マニュアルで「今日ここにいる人をどう守るか」を固め、そのうえでBCPとして「何日休診になりうるか、何を優先して再開するか」を考える順番が現実的です。
一次資料とひな形を先に確認する
ゼロから書き始める前に、公的な資料や地域のひな形を確認しておくと抜け漏れを減らせます。厚生労働省は、医療機関の災害対策やBCPの考え方に関する資料や手引きを公表しています。また、都道府県や市町村、地域の医師会・歯科医師会が、診療所向けのマニュアル例やBCPのひな形を用意している場合があります。貴院の所在地で使えるものがないか、まず確認してみてください。
あわせて、建物の用途や規模、テナントとして入居しているかどうかによって、防火管理者の選任や消防計画の作成・届出、消防訓練の実施が求められる場合があります。必要な手続きは所轄の消防署や建物の管理会社に確認し、防災マニュアルの内容と矛盾しないよう整えておきましょう。
ひな形はそのまま使うと、病院向けで項目が多すぎたり、貴院の間取りやスタッフ数に合わなかったりします。「自院の図面」「当日の最少人数」「待合室にいる患者さんの顔ぶれ」の3つを横に置きながら、使う部分だけを抜き出して書き直すのがおすすめです。
地震・停電・水害の初動を「最初の数分」で書く
防災マニュアルの初動の部分は、災害の種類ごとに「最初にやること」を短い箇条書きで書き、A4用紙1枚程度にまとめて受付と各診療室に貼っておくと使いやすくなります。
地震
- 揺れている間は、診療中の患者さんに「動かないでください、すぐそばにいます」と声をかけ、器具を口や体から離す。スタッフも頭を守り、倒れやすい物から離れる
- 待合室では「頭を守って、その場で低い姿勢に」と大きな声で呼びかける。子ども連れの方には「お子さんを抱えて低くしてください」と具体的に伝える
- 揺れが収まったら、けが人の有無、火の気(ガス・電熱器具)、出入口の扉が開くかを確認する
- 建物の損傷や火災のおそれがあれば、あらかじめ決めた避難場所へ誘導する。エレベーターは使わない
停電
- 診療中の処置は、安全に中断できるところで止める。無理に続けない
- 非常灯・懐中電灯を点け、待合室の患者さんに状況を伝える(「停電しています。安全のため、その場でお待ちください」)
- 停電が院内だけか地域全体かを、ブレーカーや外の様子、電力会社の停電情報で確認する
- 電気が必要な機器(冷蔵が必要な薬剤、吸引、滅菌器、電子カルテ、予約システムなど)の扱いを、事前に決めた順で確認する
- 復旧の見込みが立たなければ、当日の診療をどうするか院長が判断し、予約の患者さんへの連絡に移る
水害(大雨・洪水・内水氾濫)
水害は地震と違い、気象情報である程度前もって備えられる災害です。国土交通省のハザードマップポータルサイトや自治体のハザードマップで、貴院の所在地の浸水想定を確認しておきましょう。
- 大雨の予報や警報が出たら、院長または事務長が「午後の診療を短縮するか」「予約患者さんに連絡するか」を判断する基準を決めておく
- 浸水のおそれがある場合は、カルテ関連の機器、薬剤、重要書類を高い位置へ移す手順と担当を決めておく
- 自治体から避難の情報が出たら、患者さんとスタッフを帰宅させるか院内で待機させるかを判断する。浸水が始まってからの移動は危険が増すため、早めの判断を基本にする
- ここに挙げた手順は一般的な例です。建物の構造や立地、診療内容によって適切な対応は変わります。最終的な内容は、消防署・自治体・建物の管理会社などの意見も踏まえて決めてください。
- 診療中の処置をどこで止めるかなど医療上の判断を含む項目は、院長が判断基準を決め、スタッフに共有しておきましょう。
待合室の患者さんの避難誘導|子ども連れ・高齢の方・診療中の方
待合室にいる患者さんは、医院の建物の構造も避難経路も知りません。スタッフが落ち着いて、短く具体的な言葉で誘導することが何より大切です。
避難経路と集合場所を先に決めて、図にする
院内の図面に、出入口・非常口・避難経路・消火器の位置・集合場所を書き込んだ「避難経路図」をつくり、受付の内側とスタッフルームに掲示します。ビルのテナントであれば、ビル全体の避難計画と矛盾しないよう管理会社に確認しましょう。日ごろから通路や出入口に物を置かないことも、避難経路を守るうえで欠かせません。院内の動線の考え方はクリニックの動線設計の記事でも詳しく扱っています。
患者さんの状態ごとの誘導のしかた
| 患者さん | 気をつけること | 声かけの例 |
|---|---|---|
| 小さな子ども連れの保護者 | 子どもを抱っこ・手つなぎにしてもらう。ベビーカーは避難の妨げになる場合がある。きょうだいがバラバラの場所にいないか確認 | 「お子さんを抱っこして、私についてきてください」「お子さんは全員そろっていますか」 |
| 保護者が診療中の子ども | 待合室で一人になっている子どもがいないかを最初に確認し、スタッフが付き添う | 「お母さんのところに一緒に行こうね。手をつなごう」 |
| 高齢の方・杖や車椅子の方 | 階段や段差で介助が必要。誘導役を一人つける。急がせすぎない | 「足元に段差があります。腕につかまってください」 |
| 診療中・処置中の方 | 処置を安全に止めてから移動する。麻酔や処置の直後の方は体調にも注意 | 「処置はいったん止めます。体調はいかがですか。ゆっくり立ちましょう」 |
| 耳が聞こえにくい方・日本語に不慣れな方 | 声だけでは伝わらないことがある。身ぶりや紙で示す | 指で出口を示し、「こちら」と書いた紙を見せる |
人数確認は「受付の一覧」で行う
避難した後は、院内に残っている人がいないかを確認します。受付の予約一覧や受付済みの一覧を紙で出せるようにしておくと、停電で画面が見られないときにも人数を確かめられます。付き添いの家族やきょうだいは受付一覧に載らないことが多いため、「お連れの方も含めて何名ですか」と聞き取る手順を入れておきましょう。
待合室の子どもへの配慮は、日ごろの待合室づくりとも関係します。小児科の待合室づくりの記事もあわせて参考にしてください。
少人数でも回る役割分担表のつくり方
防災マニュアルでよくある失敗が、「院長が指示を出す」「全員で誘導する」のように、だれが何をするのかがあいまいなまま終わっていることです。名前ではなく「席」や「担当」で役割を決めておくと、当日の顔ぶれが変わっても動けます。
役割分担表の例
| 役割 | 主な担当 | やること | 不在のときの代わり |
|---|---|---|---|
| 全体の指揮 | 院長 | 避難・診療中止・帰宅の判断、関係機関への連絡の指示 | 副院長・事務長・その日の最上位者 |
| 診療室の患者さん対応 | 各診療室の担当スタッフ | 処置の中断、患者さんの安全確保と誘導 | 隣の診療室の担当 |
| 待合室の誘導 | 受付スタッフ | 呼びかけ、出口への誘導、子どもや高齢の方の確認 | 手の空いたスタッフ |
| 人数確認・記録 | 受付(2人目) | 受付一覧での人数確認、けが人の記録、時刻の記録 | 事務長 |
| 安全確認 | 指定のスタッフ | 火の気・ガス・電源・薬品・医療ガスの確認、出入口の確保 | 院長 |
| 連絡 | 事務長 | スタッフの安否確認、予約患者さんへの連絡、関係先への連絡 | 院長 |
スタッフが少ない日も、「最初にやること」の優先順位を決めておけば迷いません。基本は、命を守る(その場の安全確保)→ 逃げる(避難誘導)→ 数える(人数確認)→ 伝える(連絡)の順です。
連絡網と安否確認の方法
- スタッフの連絡先と、災害時に使う連絡手段(電話がつながりにくいときのメッセージアプリ、災害用伝言ダイヤル「171」など)を決めておく
- 勤務時間外に災害が起きたとき、だれが医院の様子を見に行くのか、出勤の判断はどうするのかを決めておく。自分と家族の安全を優先することも明記する
- 予約患者さんへの休診連絡の文例と、ホームページ・Googleビジネスプロフィール・公式LINEなどで知らせる手順を用意しておく。急な休診の知らせ方は休診のお知らせの記事も参考になります
クリニックの災害対策としての備蓄品リストと院内の安全確認
備蓄品は「たくさん置く」より、「どこに何があるかを全員が知っていて、期限が切れていない」ことの方が大切です。何日分を備えるかは、自治体や関係団体が示している目安、貴院のスタッフ数、院内で待機する可能性のある人数から決めましょう。
備蓄品リストの例
| 分類 | 品目の例 | 確認のポイント |
|---|---|---|
| 明かり・電源 | 懐中電灯、ヘッドライト、乾電池、モバイルバッテリー、ラジオ | 電池の残量。ヘッドライトは両手が空くので誘導に便利 |
| 水・食料 | 飲料水、長期保存できる食品 | 賞味期限。子ども連れの方が院内に残る場合も想定する |
| 救護 | 救急セット、毛布・アルミシート、使い捨て手袋、マスク | 診療用の物品と分けて保管し、持ち出せるようにする |
| 衛生 | 簡易トイレ、ウェットティッシュ、ごみ袋、おむつ | 断水時のトイレの使い方を決めておく |
| 情報・事務 | 受付一覧を印刷する用紙、筆記具、スタッフと関係先の連絡先一覧、避難経路図 | 停電でパソコンが使えない前提で紙でも持つ |
薬剤や医療材料、医療ガスなど診療に関わる物の備えや、停電時の機器の扱いは、診療内容によって大きく変わります。
院内の転倒・落下・散乱を防ぐ
地震で危ないのは、揺れそのものより、倒れてくる家具や落ちてくる物、床に散らばった物です。次の点を年に一度は見直しましょう。
- 背の高い棚や書類棚、薬品棚が壁に固定されているか。扉に開き止めがあるか
- 待合室のテレビやモニター、掲示物の額、照明器具が落ちないよう固定されているか
- 待合室の床に、おもちゃや雑誌のラックなど、散らばると避難の妨げになる物が多すぎないか
- ガラスの扉や窓に飛散防止フィルムを貼っているか
- 出入口や通路にベビーカー置き場や傘立てがはみ出していないか
待合室の床をすっきり保つ|アートパークという選択肢
子ども向けのおもちゃや絵本を置く場合は、地震のときに散乱しにくい置き方や、片づけの決まりも考えておくと安心です。当社が提供している「アートパーク」は、待合室のテレビ1台で、お子さんが親御さんのスマートフォンで描いた魚などの絵が、大画面の水槽「すいぞくかん」を泳ぎだすサービスです。共有のおもちゃやタッチパネルを置かないため、消毒や片づけの手間がかからず、床に物を増やさずに子どもの待ち時間をつくれます。壁掛けなら床面積を使わず、スタンド置きでも1畳未満に収まります(壁への取り付けは医院さまの手配となります)。
防災の観点では、テレビを壁に掛ける場合も、スタンドに置く場合も、地震で倒れたり落ちたりしないよう金具や転倒防止の器具を確認することが前提です。設置場所を決める際は、避難経路をふさがない位置かどうかもあわせてご確認ください。
医院の避難訓練のやり方と、マニュアルの見直し
防災マニュアルは、つくっただけでは使えません。実際に体を動かしてみると、「この扉は重くて開けにくい」「集合場所が狭い」「受付一覧の印刷に時間がかかる」など、机の上では気づかなかった問題が見えてきます。
短い訓練を、診療の合間に行う
全員がそろう時間を長く取るのは難しいため、昼休みや診療前後の短い時間で、テーマを一つに絞って行う方法がおすすめです。
| 訓練の種類 | やり方 | 確認できること |
|---|---|---|
| 読み合わせ | 初動の紙を全員で読み、自分の役割を口に出して言う | 役割の理解、手順のあいまいな所 |
| 場面の想定 | 「診療中に揺れた、待合室に親子が3組いる」など場面を決め、だれが何をするかを話し合う | 役割の重なりや抜け、少人数の日の動き |
| 歩いて確かめる | 避難経路を実際に歩き、集合場所まで行く。車椅子やベビーカーの通れる幅も見る | 通路の障害物、扉の開けやすさ、所要時間 |
| 停電の想定 | 照明を落とし、懐中電灯だけで受付一覧の確認や連絡をしてみる | 明かりの場所、紙の一覧の出し方 |
| 連絡の訓練 | 連絡網でスタッフに安否確認のメッセージを送り、返信を集める | 連絡先の誤り、返信の集め方 |
見直しのタイミングを決めておく
- 年に一度、決まった月に全体を見直す(備蓄品の期限確認と同時に行うと忘れにくい)
- スタッフの入れ替わり、レイアウトの変更、診療時間の変更があったとき
- 訓練で問題が見つかったとき、他地域の災害で新しい気づきがあったとき
新しく入ったスタッフには、入職時の説明に防災マニュアルの読み合わせと避難経路の確認を入れておくと、教え漏れがなくなります。
- 防災マニュアル(その場の安全)とBCP(診療の再開)を分けて考えている
- 厚生労働省・自治体・地域の医師会や歯科医師会の資料やひな形を確認した
- 防火管理や消防計画について、所轄の消防署や建物の管理会社に確認した
- 地震・停電・水害ごとに、最初にやることをA4用紙1枚程度にまとめて掲示している
- ハザードマップで所在地の浸水想定を確認し、早めの判断基準を決めている
- 避難経路図に出入口・非常口・消火器・集合場所を書き込み、掲示している
- 待合室で一人になっている子どもを最初に確認する手順がある
- 役割を名前ではなく担当で決め、不在時の代わりも決めている
- 受付一覧を紙で出せるようにし、付き添いの人数も聞き取る手順がある
- スタッフの連絡手段と、勤務時間外の出勤判断を決めている
- 予約患者さんへの休診連絡の文例と手順を用意している
- 備蓄品の置き場所を全員が知っていて、期限を年に一度確認している
- 棚・テレビ・照明・掲示物の固定と、通路の障害物を点検している
- 短い訓練をテーマを絞って定期的に行っている
- 見直しの時期を決め、入職時の説明に防災マニュアルを入れている
まとめ
クリニックの防災マニュアルは、発災の瞬間から避難・帰宅までに「今日ここにいる人を守る」ための手順書です。診療を再開するためのBCPとは目的が違うため、両方を分けて考えると整理しやすくなります。まず厚生労働省や自治体、地域の医師会・歯科医師会の資料を確認し、地震・停電・水害の初動を短くまとめて掲示しましょう。待合室では、一人になっている子どもや高齢の方を最初に気にかけ、短く具体的な言葉で誘導します。役割は名前ではなく担当で決め、備蓄品と院内の固定を年に一度点検し、短い訓練を重ねてマニュアルを育てていくことが、少人数の外来クリニックでも続けられる災害対策です。